祈り204

榎本保郎一日一章

彼の地に時がくるまで・・・・・・
               エレミヤ書27・1

私たちにとって、今が、たといどんな今で
あろうともそれは問題ではない。新しい時
が成就したのである。このことを確信を持って
生きていくところに、福音に生かされる者の
生き方がある。

バビロンに連れ去られることは悲しいこと
だが、神がそれをされたのであるゆえに
神はまたそれを解かれる日を備えていて
くださるのである。


ボンヘッファー一日一章

9月6日 どこまでも神に逆らうこと

聖書は、先ず第一に、誘惑とはどこまでも
「神に逆らうこと」であると言おうとしている。

誘惑者はいつも神の敵なのである。

聖書は第二に、神の敵というものが、誘惑に
おいて「神の意志でない何ごとか」を
行わせる力であるということを示そうとしている。

誘惑とは、サタンの力をこの創造の世界に導入
することである。

第三に、誘惑は「惑わすこと」あるいは、「誤った
方向に導くこと」である。

悪魔の欺きは、人間が神の言葉なしにも生きる
ことができると信じさせようとするところにある。

第四に、悪魔は、「人間を訴える者」である。


祈り
 神さま、新しい朝を感謝します。
 多くの人が健康不良を訴えているのではないか、
 夏の疲れが出ているのではないか、と思う
 今日、この頃ですが、あなたに生かされていること
 を感謝し、自分にできることをなすことができます
 ように。

 神の時、悪魔の誘惑について思わされます。
 必ず神の時が私たちに与えられることを信じて、
 今を耐え忍んでいくことができますように。
 また、この世にはあらゆる誘惑があり、そこに
 サタンが潜んでいます。神は誘惑などなさらない、
 誘惑をなすのは、サタンであり、人間であり、自分自身
 であると思わされます。
 誘惑にすぐ負けてしまうこの心を律することができる
 よう、よろしくお導きをお願いします。

 教会に連なる一人一人の上にこの一日もあなたの
 祝福、守り、導きがありますように。
 児島の地、新見の地を祝し、神の国を来たらせてください。
 また、すべての人の上にあなたの祝福がありますように。

 サタンの誘惑に満ち満ちているこの世には、様々な
 社会悪があり、個人の悪があります。
 どうか、糾してください。
 特に、高江、辺野古、伊江島の地を守ってください。
 狭山事件の再審が一日も早く実現しますように。

 これらの感謝、願いを主イエスのみ名によって、
 み前におささげいたします。      アーメン

 

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