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zoom RSS 聖書に聴く28 出エジプト記32章31、32節

<<   作成日時 : 2017/07/04 06:21   >>

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モーセは主のもとに戻って言った。
「ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を
造りました。今、もしあなたが彼らの罪をお赦し
くださるのであれば・・・。もしそれがかなわなければ、
どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中
から消し去ってください。

*モーセは下山し、金の子牛を神として騒いでいた
 民に怒り、制裁を加えたのち、再び山に上り、
 神に申し開きをした。
 モーセは民の罪の赦しを求め、もし、それが
 かなわないのであれば、神の命の書から、
 自分の名を消し去ってください、と訴えた。
 モーセはイスラエルの民の指導者としての働き、
 神信仰へ民を導く務めがあった。しかし、モーセ
 不在の時に、民は金の子牛を作り、自分たちで
 勝手に神を作るという罪を犯した。
 モーセは民に対して激しい怒りを持ちながらも、
 その民のためなれば、自分が神の救いからもれても
 かまわないと訴えた。
 このモーセの言葉に、モーセの民への愛があると
 いえるのではないかと思う。もっとも、その前に、
 三千人の民が成敗されたのではあるが。
 それでも、モーセは、残りの民のための執り成しを
 神になしたのである。
 無私の心で神に対し、悪しき間違いを犯した民の
 罪を赦していただくように、神に懇願したのである。
 私たちは自分が救いからもれてもいいからと、
 人のために祈ることはあるだろうか。
 自分の罪を悔い改め、神に赦しを請うことができても、
 他者のために、しかも自分を裏切った者たちのために
 祈り、自分が救いからもれてもいいから、それらの人たち
 を救ってください、と祈っているだろうか、ということを
 考えさせられた。
 特に、牧師は、羊飼いとして、羊たちのために命を
 捨てる覚悟を持つべきであろう。
 しかし、それを言葉のみにとどめ、羊を放ったらかしに
 してはいないか、ということを改めて思わされた。

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