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<<   作成日時 : 2017/07/20 06:32   >>

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榎本保郎一日一章

わたしを助けるもののないままに、
捨ておかないでください。  詩編141・8

信仰ということは、どこまでもそれは不信と
連れ添っているものだと思う。蔭のようなもの
だと思う。一生懸命に信じていけばいくほど、
不信が濃くなっていく。それが私たちの具体的な
信仰の姿ではないだろうか。そこで祈りというものが
生れてくる。だから祈りとは不信の行為だと思う。
聖書のみ言葉を、本当に神が今私に語りかけて
くださる言葉として、それに本気で聞き従って
いこうとするときに、それに徹しようとすればする
ほど、そこに起きてくる疑い、その疑いとの激しい
戦いの中からの神への訴え、迫り、それが祈り
なのだと思う。


ボンヘッファー一日一章

7月20日 罪人との交わり

イエスは、新しい倫理的な理念の宣伝や実現に
関心をもたず、したがってまた、自分自身が、
「よい者」であるかどうかということにも関心を示さない。
(マタイ19・27)「よい者」であるかどうかということにも
関心を示さない(マタイ19・17)イエスにとっての
関心事は、ただありのままの人間を愛するという
ことであった。


祈り
 神さま、新しい朝を感謝します。
 不信の祈りということを始めて聞いたような気がします。
 本当に自分の人生の中で格闘があり、社会悪がはびこる
 この世で、それをなんとかしようと思う時、不信の祈りが
 自然と出て来て、真剣な信仰を持つことができるのかも
 しれません。私は不信の祈りをしたことがありません。
 それは、あなたを完全に信じているからではなく、
 自分への絶望、この世への絶望に在る時は、祈れない
 からです。祈りから離れてしまうからです。
 深く反省をし、そのようなときこそ、「不信の祈り」をなさねば
 ならないと、思わされました。そしえtまた、イエスさまの
 最大の関心事は「ありのままの人間」を愛することであった
 ということを知らされ、私には、ありのままの人間ではなく、
 自分にとって心地よい人ばかりを愛している愚かな者
 であることを思わされます。自分と考えの異なる者、
 自分に刃を向けてくる者、自分を傷つける者を、ありのまま
 の人間として愛することができますように。
 
 梅雨もあけ、本格的な夏が到来しました。
 この暑さの中にあっても、だらけることなく、あなたがせよ、
 と言われることをなし得る力を与えてください・

 沖縄をお守りください。沖縄の地を祝福してください。
 基地のない沖縄を与えてください。辺野古・高江の闘いの
 先頭にイエスさまがいてくださいますように。
 狭山事件、一日も早く再審が開始され、石川一雄さんの
 無実が公になる日が来たりますように。石川一雄さんの
 日々の生活をお守り導いてください。
 また、日本の政治の在り方が糺されるようにと願います。
 悪法が廃止されますように。憲法が守られますように。
 すべての原発が廃止されますように。
 問題多いこの世にあって、何が真実であるのかを
 見極める力を与えてください。

 この一日、教会に連なる者を始め、全ての人たちの上に 
 神さまの祝福がありますように。
 
 これらの感謝、願いをイエスさまの御名によって、 
 御前におささげいたします。   アーメン

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