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<<   作成日時 : 2017/07/11 06:36   >>

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榎本保郎一日一章

主に感謝せよ、主は恵みふかく、
そのいつくしみはとこしえに絶えること
がない。          詩編136・1

信仰には原因としての信仰と結果としての
信仰があると思う。人間が神の恵みを引き
出そうとするような信仰、いわばなんとかして
神の恵みを得たい、全能者の力を得たいと、
そのようなことを願って神に祈ったり、求めて
いったりする信仰と、すでに神が私たちに恵み
を施してくださったのだから、神に感謝しなければ
ならないという信仰、こういうまったく相反する
二つの信仰がある。

しかし神は愛の神であり、どんなに悪い者にも、
どんなに大きな罪を犯した者にも、徹底して
愛の神なのである。その愛の神に感謝し、その愛の
恵みを数えていくところに、私たちの信仰生活がある
のである。

こんな卑しい者、こんなつまらない、本当に捨てられても
しかたない者を神は心にかけてくださった。心にとめて
くださった。そのことによって私たちは生まれ変わり、
新しくされたのである。


ボンヘッファー一日一章

7月11日 絶対絶命の深淵

今やわれわれは、愛が神から来て、愛がわれわれを救い、
われわれを絶望の深淵から救い出してくれるようにと、
愛を呼び求めなければならない。−ああ、完全な愛の神よ、
私たちの迷える魂の中に来て、愛のゆえに、愛によって、
私たちを救い出してください。

祈り
 神さま、新しい朝を感謝します。
 昨日は、起き出すことができず、日中寝込んでしまいました。
 病院にも行けず、何もできず、自分の無力さを感じました。
 しかし、今日は朝早く起きい出すことででき、ありがとうございます。
 求める信仰、感謝する信仰ということについて、考えさせられました。
 あまりにも求めることが多く、感謝することが少ない者です。
 私個人にまつわることについては、何事にも感謝をしていくことが
 できますように。しかし、社会悪については、感謝してはならないと
 思います。社会悪については求めて行かなければならない、
 神さまに求める信仰をもって、対していかねばと思います。
 人を苦しめているもの、人に対して、感謝するなど、悪の一味に
 加わるようなものだと思います。
 二つに信仰を分けるのではなく、求め、感謝する信仰が必要では
 ないだろうか、と思わされるのです。
 九州で豪雨災害が起きました。いまだかつてないことではなかったか、
 と、九州の福岡で生まれ育った私には思わされます。
 被災された方々をどうぞ、お守りください。正しい対応が
 とられますように。できることをなせるように、力をください。

 沖縄、高江、辺野古、狭山、のことを覚えます。解決の道を与えて
 ください。また、今の日本の政府の在り方が正されますように。
 自衛隊の人たちは、今、災害救助のために働いておられます。
 そのような大切な仕事をするために、一生懸命働かれている
 ことを思います。自衛隊は災害救助隊になるべきだと思います。
 隊員の人たちは戦争をするために、自衛隊に入ったのではないと
 思います。あの阪神淡路大震災で、子どもの頃自衛隊の人に
 助けられた人が、自分も同じような働きをしたいという思いをもって、
 自衛隊に入隊したということを聞いています。日本の国に軍隊は
 いりません。どうかこれからの日本の歩み、そして世界の歩みを
 導いてくださいますように。

 どうかこの一日、教会に連なる者、全ての人を導いてください。

 この祈りをイエスさまの御名を通しておささげいたします。アーメン。

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